悟り5(ヴィパッサナー瞑想)

「禅」の中にある。

「恋」を追う。

「苦」である。

「お金」を追う。

「苦」である。

「名誉」を追う。

「苦」である。

人間は欲を求めると、より完全に近いものを求める。

所有したがる。

タマを抱くと、始めのうちはじっとしているが、そのうち隙を伺い出す。

隙間を見つけると、身を捩って素早く脱出する。

「自分のものになった」と思った途端、色あせる。

勝手なものである。

「諸行無常」で物事は常に変化している。

「諸法無我」で変化のない人格を持ち合わせる人物などいない。

そして、「苦」は常に付きまとう。

この真理を知って、「中道」に在るよう心掛ける。

人生の波を小さくしていく。

執着しない。

客観的に見る存在を、自分の中につくり、ありのままに事象を見る。

判断しない。

決めつけない。

ただ、ありのままに観察する。

他人の評価は関係ない。

ベースは自分の身体の動き、五感の感覚である。

この身体の動きを実況中継するのが、ヴィパッサナー瞑想である。

私は、テーラワーダ仏教協会スマナサーラ長老のホームページや著書がとても参考になった。

実況中継しながら、妄想が浮かんだらチェックを入れる。

やってみると非常に大変な事がわかる。

気がつくと妄想している。

しかし、続けていくと障害の無い導線を電流が流れるように、意志と行動だけになっていく。

意志、そのまま行動。

純度が高くなるほどに、古猫が何故鼠を捉えることができたのか、天風が何故弾丸を物ともせず、炭鉱に乗り込むことができたかが理解できるであろう。

 

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