苦手な人と付き合う方法4 慈悲の瞑想


ヴィパッサナー

ヴィパッサナーという、動きながら、

身体の感覚を感じて、確認するという作業を続けると、

脳回路の変換が起こります。

ヴィパッサナー動画リンク ↓  ↓  ↓

 

現代人は、思考と感情により、

貪瞋痴(貪り、怒り、迷い)に毒されており、

正しく、客観的に物事を観察することができません。

 

 

ヴィパッサナーで客観的視点を定着させて、

物事を大局的に正しく見る(正見)ことができるようにします。

 

 

そして、その際に真っ直ぐの基本姿勢を維持することが、

怠けたい心と身体にとって大変なことで、

首を引き上げ、肩肘を落とし、仙骨を前傾させる、

という3つの動作を継続して行うのです。

基本姿勢リンク ↓  ↓  ↓

 

この怠けたいエゴにとって、

基本姿勢を保つことは、大変難しい作業ですが、

心の中で、「抜き足、抜き足、差し足、差し足、忍び足、忍び足と、

忙しく確認作業を行うことで、

脳に思考の隙間を作らないようにするのです。

 

 

そうすることで、脳回路の変換が起こり、

右脳への回路がスムーズになるのです。

 

 

思考するのではなく、感じることです。

 

 

苦手な人

とても苦手で嫌な人が、職場にいたとします。

 

 

「どうして、ここまでやってくる?」と、

怒りを抱き、思い通りにならない日常が、

運良く好転することを願っており、

しかし半ばあきらめもあります。

 

 

「あいつさえ、いなければ」と、願う日々です。

 

 

これからずっと、この人とともに、

仕事をやっていかねばならないかもしれません。

 

 

もしくは、どちらかが何らかの事情で

続けられなくなるかもしれません

 

 

「運よく宝くじが当たって、

アルバイト程度の収入があれば、

生活していけるようになるかも」と、

妄想します。

 

 

いずれにしても、現状の苦から解放されることが、

思考感情の望むところです。

 

 

しかし、状況の変化があったとしても、

心の耐性が変わらなければ、新たな問題が発生すると、

同様に苦しくなるだけです。

 

 

根本的に楽になる方法は、

自身の心を育てる以外、ありません。

 

 

ヴィパッサナーで感じる脳が主導するようになれば、

ストーリーはおしまいです。

 

 

心の受容スペースは、

たったひとつの事象以外入ることができません。

 

 

そこに、思考が入れば、感情は入れません。

 

 

感情が入れば、感覚は入れません。

 

 

思考、感情、感覚は、それぞれ影響しあっていても、

認識に時間差があります。

 

 

心の波を大きく揺らすのは、思考感情ですから、

中道を実践するには、身体を感じるのが良いのです。

 

 

身体の感覚は、「今ここ」です。

 

 

基本姿勢を継続的に維持して、

妄想する余裕を消せば、

必然的に、「今ここ」に滞在できます。

 

 

「今ここ」に滞在できるようになれば、

苦手な人とのストーリーはエンディングに近づきます。

 

 

その曲者とともに職場に長く勤めれば、

心の耐性のトレーニングになり、

その苦手な人が、感謝すべき人になります。

 

 

慈悲の瞑想

慈悲の瞑想という、上座部仏教の瞑想があります。

慈悲の瞑想リンク ↓ ↓ ↓

慈悲の瞑想ウイキペディア

 

慈悲の心は、仏教の基本精神で、

「生きとし生けるものが幸せでありますように」というのが

ベースとなっております。

 

 

我が子を大切に思う心と同様に、

全ての生物に対しての慈しみを持つのが慈悲の心です。

 

 

「私は幸せでありますように」

 

「私の悩み苦しみがなくなりますように」

 

「私の願いが叶いますように」

 

「私に悟りの光が現れますように」

 

 

これを、私より始まって、親しい人、全ての生命、

嫌いな生命へと順番に祈るのが慈悲の瞑想です。

 

 

私は、毎朝これを実践しているのですが、

その効果たるや絶大です。

 

 

嫌いな人、苦手な人が、私(の心)を育てる、

最高の友人となるからです。

 

 

人間は、理論や空想で自己を律することも可能ですが、

経験から得るものとの差は計り知れません。

 

 

何事も、実践を伴って学ぶことが、

真の理解を得るための最良の方法です。

 

 

嫌いな人、苦手な人は最高の先生です。

 

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