坂の上の雲 ロシヤにおける広瀬武夫 父の愛読書に感動

2回目の旅順口閉塞作戦で福井丸に乗り込んだ広瀬武夫は、敵に発見され、砲弾が飛び交う中、部下達をボートに移していく。

点呼をとってみると杉野兵曹長がいない。

沈みゆく福井丸に戻り。

「すぎのー!     すぎのー!」

呼ぶが返事は無い。

ボートに戻り、「杉野は来たか?」確認するが杉野はいない。

3度繰り返したが、杉野は見つからない。

「残念!」

戻る決心をする。

「みんな俺の顔を見て漕げー。大丈夫だぞー」

一瞬後、広瀬はロシア軍の砲弾を受け戦死する。

広瀬の勇気に敬意を表し、埋葬したのはロシア軍である。

広瀬戦死を知った親しくしていたマリアペテルセンは、広瀬の兄夫人広瀬春江に以下の手紙を送っている。

「武夫さんのご逝去は、私どもにとりましても大変な喪失でございました。私どもには、あの方の情け深く誠実なお心を決して忘れることはございません。武夫さんは私ども家族の一員だったのでございます・・・あの方の思い出は永遠に家族の心の中に、又多くの友の心の中に生き続けてゆくことでしょう」

この手紙が、春江に送られてきたのは、1905年1月15日である。

まさに、日露戦争中のことである。

我が身を省みず、沈みゆく福井丸へ杉野兵曹長を3度探しに行った広瀬の純粋な心は、ロシア人の心と共感したのである」

 

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