尾崎豊1 長男、尾崎裕哉「始まりの街」

私は、「悟り」を追及するようになって、いっそう尾崎豊という存在を思うことが増え、妄想しないようにしているつもりが、時々口ずさむのが尾崎の歌である。

若い頃(20代)、カラオケはいつも尾崎豊で、カラオケ大会でも尾崎の「卒業」を何度か歌った。

尾崎裕哉が「音楽の日」の中で披露した、「始まりの街」をしみじみ聴いた。

曲調が父親に似ている。

声も似ている。

どこかで、ファンは尾崎豊を探している。

「始まりの街」の前に歌った、「I LOVE YOU」以上に、父親に近い。

裕哉のオリジナルだからこそ、自然に歌っているその感じが、DNAをそのまま表現しているようだ。

私のエゴは、客観的に裕哉を観れずに、豊を探して見つけて喜んでいる。

尾崎豊は非常にエゴの強い人間であった。

エゴは不安である。

アンバランスを許容し難く、バランスを探す。

名誉、金、異性を求める。

人から認められることを求める。

しかし、求めるものを獲得したあとも、一時の満足の後更に求め続ける。

独裁者が絶大な権力を得た後、更なる確固たる安定をもとめ、不安要素を排除していくのは歴史が証明している。

歌詞は引用できないので曲名で書くが「シェリー」を聴いて欲しい。

尾崎豊はアンバランスの中で苦しんでいた。

曲が売れ、金や名誉を得て、でも真実や愛が曖昧で確固たる物にしようと苦しんでいる様が表現されている。

それをシェリーに求めている。

しかし、エゴを追求しても、不安定を解消できることは無い。

 

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