昭和50年広島東洋カープ初優勝 巨人は最下位

広島東洋カープが25年ぶりに優勝した。

実に四半世紀を経ての優勝である。

私はカープ優勝というと、真っ先に浮かぶのが昭和50年の初優勝である。

当時は古場監督が指揮をとっていた。

衣笠祥雄や山本浩二が主力であり、エースピッチャーは外木場義郎であった。

赤ヘル旋風などと言われた。

しかし、私は当時野球少年で巨人のファンであったから、個人的には歯がゆい思いをしていた。

昭和50年は、前年引退した長嶋茂雄が監督として指揮をとり、巨人が初の最下位に沈んだ年でもある。

後楽園球場に巨人・阪神戦を見に行き、王貞治がホームランを打ったが、4-5で負けてしまった。

昭和48年、昭和49年と連続して3冠王を獲得していた王貞治も、この年はホームラン33本に終わり、43本の田淵幸一にホームラン王を譲った。

川上哲治監督率いる巨人は、昭和40年から、昭和48年は9年連続日本一となり空前絶後の黄金時代を築いた。

昭和49年は2位、そして昭和50年の最下位である。

昭和51年、52年と巨人はV2を果たすが、日本シリーズで上田監督率いる阪急ブレーブスに敗れてしまう。

昭和51年に、日本ハムから張本勲を獲得する。

この安打製造機、張本の印象は強烈であった。

私が、野球に執心していたのは、ほんの3から4年であったが、張本の自然体のバッティングの印象は非常に強い。

私は武道を30年ほど稽古しているが、バットをバランス良く立ててピッチャーの投げるボールを待つ姿と、無理なく振り出されるバットの自然な感じが忘れられない。

落合博満と張本勲のバランス良くバットを立てた感じがダブってしまう。

カープ優勝から、書きたいことを書いてしまいました。

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